Hideki's diary

世界中を歩きながら感じたことを関西人フィルターを通して書き綴ります。

Unknown 〜未知〜

夜中に書きたい事があってふとラップトップを開いてます。

 

自分の可能性についての話しなんやけど、

 

世間にはおかしな常識が蔓延してるなぁって思う。

 

例えば優先座席。

あくまでも「優先」すべき座席なわけで、

座ってはいけない座席ではないんですよね。

 

優先座席が空いてても座らない人も多くて、

いつも疑問に思ってる。

お年寄りや身体障害者、妊婦の方や、目には見えないけど持病をお持ちの方がこられたら譲れば良いだけの話しでね、

 

なんか優先座席に座ってるだけで、

「あ・・・あの人優先座席座ってる」的な感じあったりしますよね。

 

それと同じなのかどうかははっきりとしないんだけれども、

 

日本の教育(世界の教育をそこまで知らないのでもしかしたら日本以外の国もそうかもしれないが)

がおかしいなぁと感じる事がある。

 

知らず知らずのうちに「やりたい事を選んでいく」という事をさせられてると思う。

例えば

0歳 才能は無限

それが成長していくにつれて、

どんどん可能性を減らす事になる。

はじめは「コレが好き」という事でそれをさせるんだけど

「あれも好き」というと、「コレをがんばりなさい」になっちゃう。

そんな洗脳を受けた日本人は

「自分にはコレしかない」

ってよく言うよね。

いつも????になる。

 

「自分にはコレもある」

ではだめなのか?

 

と思う。

 

もちろん好きな事を見つけて、

コレが大好きだからそれに集中したい!ってのもありだと思う!

むしろ素敵。

 

例えば僕の具体的な例なんやけど、

 

今新しい勉強をしようとしてる。

(詳細は少し話しが具体的になってきたら言いますが)

簡単に言えば

アートディレクターやイベントプロデュース

もう少し具体的に言うと、

 

レッドブルのダンスバトルとか、

スケボー、サーフィンとか、

ストリートダンスとか、

自分が好きなエクストリームスポーツの大会やイベント、

その企画、運営がやりたい!!って思ってるわけ。

日本ではメジャーじゃないから必然的に海外に出て仕事したいんやけど、

でも元々テレビの仕事してた事もあって、

そういうスポーツのかっちょ良い動画やポスター作るアートの方もやりたいと思うのね、

 

こうなると、

業種はバラバラになってくる。

 

イベントプロデュース

なのか

アートディレクタ

なのか

アートデザイン

なのか

映像ディレクタ

なのか

はたまた映像のプロデューサーなのか

 

僕の答えは、

全部やりたい。

 

即答で。

 

でも僕のイメージでは

日本人の一般的な人は

「どれか」って選択になっていくんじゃないかな。

これは国民性もあって、

どれか選ぶ事で専門性を高めて、

いわゆるオタクってのになれる(良い意味でね!)

だから日本の技術や文化面でも世界に通用するんだと思うんやけど、

 

全部全部やってみてさ、

決めていったらいいんちゃうかな?なんて思う訳です。

 

うちは恵まれてまして、

母親に「全部やれ」って言っていただいてるので

比較的自由に、そうさせていただいてるんですが、

 

しかしながら

若いときにあれもコレもやってると

「あの子はあれもコレも中途半端で大丈夫かしら?」

なんて心配されちゃう。

「野球を小学校から高校卒業まで12年やってきました!」

ってのが正義とされる。

野球も空手も、ラグビーも、ダンスも、アクロバットも、芝居も、脚本も、バーテンダーも、テレビのお仕事も、イベント系の仕事もやってきました。

なんて言うと

「中途半端なやつだなぁ」

なんて言われちゃって、

でもさ、

 

社会に出ると

「視野広げようぜ』とか言われちゃうのね。

「器用にやろうぜ」なんて。

一つの事を続けなさいって教育を受けた人に対して、

「器用に」

なんてのは大変な話しで、

なんだこの湾曲した常識はって、

 

前者の野球少年タイプを見ると

「すごいね、何事も続ける事がすごい!」

っていう一般教育をされてきた日本人。

でも

「新庄選手って野球やる前サッカーやってて、

野球も現役でできる年齢でやめて今はデザインの仕事とかもしてるんだって」

って言うと、

「なんでも視野広げていかないとね」

なんて言うわけね。

 

コレはやっぱりどうしても、

「一つに選ばないとされてきた教育」と「一つじゃ物足りない」って思う人の多さが生んだジレンマじゃないかと思う。

 

前記した通り、

「一つ大好きな事がある」ってもは最高に素敵な事だと思う。

ただ、

大部分の人がそれをみつけられないまま、

しかも、

「何かを選べ」という教育を受けて、

目に見える少ない選択肢の中からあまりにもドキドキしない選択をさせられて、

 

それを選んだ結果、

「視野が狭い」なんて言われて、

淡々と毎日を消化していってるんじゃないだろうか。

 

優先座席には座っちゃだめ

っていう間違えた常識。

優しいはずの優先座席が全然やさしくないように、

 

好きな事やりたいって本能、

自由でたのしいはずの人生の選択が、

つまらない義務のような選択になっていってる。

 

そんな気がするんです。

 

それがなんだかすごくもったいないなぁって思うんですよね。

 

「石の上にも三年」

って言うと、

日本人は正座かあぐらかいて、

目をつぶって黙って三年過ごす。

 

ってイメージをする方が多いと思います。

 

僕は

「石の上にも三年・・・まぁ暇やからその上で雑誌読んだり、ダンス練習したり、パソコンしたりするけどね」

って思う。

 

で、

コレも若さだと思うんですよ、

若者が何言ってんだって。

ちゃんとしろよって。

 

でも、

やっぱりね、

楽しい事するんですよ。

「無理だって言う人間は挑戦しない人間」

いつも思うんです。

将来に対して

無理だっていう人にはいつもこういいます。

「無理だったんでしょうあなたには」

 

やっぱりね、

好きな事したいじゃないですか。

 

いいんですよ。

優先座席すわっても。

 

いいんですよ。

好きな事しても。

 

 

 

夜中にふとこんな言葉を思い浮かんで、

記事書いてます。

 

ってもう朝か。

 

 

 

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